「どうして、この気持ちはうまく伝わらないんだろう」
そう思ったことはありませんか。同じ言葉で話しているはずなのに、大切な人とすれ違う。
まわりと少しだけ感じ方が違って、うまく輪に入れない。誰かを理解したいのに、どうしてもその一歩が届かない。
そんな「分かり合えなさ」に、そっと寄り添ってくれる一冊があります。
韓国のSF作家キム・チョヨプの短編集、『わたしたちが光の速さで進めないなら』をご紹介します。
SFと聞くと、宇宙船や難しい科学の話を思い浮かべて身構えてしまうかもしれませんが、大丈夫です。
この本が描いているのは、ロケットの仕組みではなく、「違う者どうしが、それでも分かり合おうとする姿」。
読み終えたとき、あなたはきっと少しだけ、人にやさしくなれます。
『わたしたちが光の速さで進めないなら』の概要
- 著者:キム・チョヨプ
- 訳者:カン・バンファ/ユン・ジヨン
- 出版社:早川書房
- ジャンル:SF短編集(全7編)
- 刊行:単行本 2020年12月(304ページ)/ハヤカワ文庫NV 2024年10月
- 価格:文庫版1,210円/単行本1,980円/電子書籍1,100円(早川書房公式サイト表示価格)
- 読書難易度:★★☆☆☆(SF初心者でも読めます)
著者のキム・チョヨプさんは、韓国で今もっとも注目を集めるSF作家のひとり。
本作は韓国で大きな話題を呼び、日本でも多くの読者の心をつかみました。単行本での刊行後に文庫化もされ、いまは手に取りやすい価格で読めるようになっています。
科学の知識を披露するための物語ではありません。
遺伝子、異星、記憶、感情——SFならではの舞台を使って、
「人はどこまで他者を理解できるのか」という、とても人間くさい問いを描いた作品です。
早川書房からは、本作のほかにも『地球の果ての温室で』『派遣者たち』『この世界からは出ていくけれど』『惑星語書店』などが邦訳されています。『わたしたちが光の速さで進めないなら』が気に入った方は、ほかの作品にも手を伸ばしてみると、キム・チョヨプの描く世界をさらに楽しめるはずです。

こんな人におすすめ
- まわりと感じ方が違って、孤独を感じることがある人
- 大切な人と分かり合えず、もどかしさを抱えている人
- 「泣ける物語」で、心をやわらかくほぐしたい人
- SFは難しそうと敬遠してきたけれど、一度読んでみたい人
収録作品は全7編|あらすじを一覧で
本書には、次の7つの短編が収められています。結末には触れず、どんなお話かだけ紹介します。
- 巡礼者たちはなぜ帰らない:差別のない理想の村から「巡礼」に出た若者たちが、なぜ帰ってこないのか。その秘密を探る物語
- スペクトラム:異星で遭難した祖母が、色で語り合う知的生命体と過ごした日々
- 共生仮説:赤ちゃんの“言葉”を読み解こうとする研究から、思いがけない真実が見えてくる物語
- わたしたちが光の速さで進めないなら(表題作):廃止が決まった宇宙ステーションで、家族のいる星へ向かう船を待ち続ける老女の物語
- 感情の物性:「感情」を手で触れられるモノにした商品をめぐる物語
- 館内紛失:亡くなった人の記憶を保管する図書館で、妊娠中の女性が、亡き母の思いを探す物語
- わたしのスペースヒーローについて:宇宙へ旅立つはずだった女性飛行士をめぐる物語
SFが苦手な人におすすめの読む順番
短編集なので、どこから読んでもかまいません。SFに慣れていない方は、まず表題作か「館内紛失」から読むのがおすすめです。どちらも家族への思いが物語の中心にあり、SFの設定がわからなくても、すっと物語に入っていけます。
ここからは、特に心に残った3編を詳しく紹介します。
「巡礼者たちはなぜ帰らない」——違いのない世界は、幸せなのか
冒頭を飾るのは、遺伝子操作によって「差別のない村」を築いた物語。
誰もが傷つかないように設計された理想郷で、ひとりの娘がその真実を知ろうとします。
違いをなくせば、争いも消える。けれど、それは本当に「わたしたち」が望んだ未来なのか。
読者は静かに、自分自身の「違い」との向き合い方を問い直すことになります。
表題作「わたしたちが光の速さで進めないなら」——待つことをやめない人
廃止が決まった宇宙ステーションに、ひとりの老女アンナが残っています。
彼女は、家族のいる遠い星へ向かう船を、何年も待ち続けている。もう二度と来ないかもしれない船を。
光の速さでは進めない。だから、大切な人にはどうやっても間に合わない。
それでも待つことをやめない人の姿は、遠くにいる誰かを想ったことのある人の胸を、まっすぐに打ちます。
表題作にして、本書でもっとも涙腺をゆるませる一編です。
「スペクトラム」——言葉が通じなくても、記憶は受け継げる
異星で遭難した祖母が、まったく異なる知的生命体と出会い、「色彩」でやりとりを重ねていく物語。
同じ言語を話せなくても、理解し合う道はある。分かり合うとは、相手と同じになることではなく、違うまま歩み寄ろうとすること。そのことを、この一編は美しく教えてくれます。
心に残ったこと
この短編集を貫いているのは、「相互理解」というテーマです。
健常者と障害を持つ人、人類と異星の生命、そして親と子。立場も、感じ方も、見えている世界も違う者どうしが、それでも手を伸ばそうとする。キム・チョヨプが描くのは、「分かり合えた」という結末ではなく、「分かり合おうとし続ける」というその姿勢そのものです。
だからこの本は、いま誰かとすれ違っているあなたを、決して急かしません。
すぐに理解し合えなくてもいい。歩み寄ろうとする気持ちさえ手放さなければ、それでいい。
そう静かに背中を押してくれます。
まとめ:『わたしたちが光の速さで進めないなら』はやさしさの物語
『わたしたちが光の速さで進めないなら』は、SFの形を借りた「やさしさ」の物語です。
人と違うことに悩んだとき。大切な人と分かり合えず、心が重くなったとき。
この一冊は、あなたの孤独をなかったことにするのではなく、「そのままのあなたで大丈夫」と寄り添ってくれます。
難しい知識はいりません。ページを開けば、遠い宇宙の物語が、いつのまにか自分自身の物語に変わっていく。
疲れた夜に、そっと心をほどいてくれる一冊です。
分かり合えないことに、少し疲れてしまったあなたへ。ぜひ手に取ってみてください。
他者や自分自身と向き合い、心を整えるヒントという点では、以前ご紹介した『自省録』にも通じるテーマがあります。あわせて読むと、違いと向き合うための視点がさらに広がるはずです。
▼こちらから購入できます

コメント